東京高等裁判所 平成9年(う)853号 判決 1998年11月27日
主文
原判決を破棄する。
被告人両名をそれぞれ懲役一年六月に処する。
被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中各一二〇日をそれぞれその刑に算入する。
この裁判確定の日から、被告人Aに対し五年間、被告人Bに対し三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、検察官松尾邦弘が作成した控訴趣意書記載のとおりであり(なお、検察官は、威力により妨害された業務は、バリケード撤去作業ではなく、本件公訴事実記載のとおりである旨釈明した。)、これに対する答弁は、弁護人大口昭彦、同向井千景、同森川文人、同萱野一樹が連名で提出した答弁書(一)(二)及び被告人両名がそれぞれ提出した各答弁書記載のとおりであるからこれらを引用する。
論旨は、要するに、原判決は、被告人両名の行為が威力業務妨害罪の構成要件に該当しないとして、被告人両名をいずれも無罪としているが、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。
そこで所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討する。
一 本件の事実関係について
関係証拠により認められる本件の事実関係は、以下のとおりである。
1 東京都では、通勤者など通行人の交通容量の増加を図り、高齢者などの利便性を高めるという目的から、平成三年に都庁舎が新宿に移転した当初から、都道新宿副都心四号街路地下道にいわゆる「動く歩道」を設置するとの構想を持っていたところ、当初は世界都市博覧会で設置するはずの「動く歩道」を移設する予定であったが、平成七年六月ころ同博覧会が中止になったことから、同年一〇月ころ、独自に予算措置を講じ、右地下道の北側と南側の歩道(以下、合わせて「本件通路」といい、北側の歩道を「本件北側通路」という。)に水平エスカレーターを各四機設置することとし、同年一二月八日、「動く歩道」の設置計画を公表した。
2 都が道路管理者として維持管理する本件通路は、都庁舎のほか三井ビルを含め多数の高層ビルや大学などがある新宿西側地区と新宿駅を結ぶものであり、通行量も多い。他方、段ボールを用いた簡易な小屋(以下「段ボール小屋」という。)等の中で起居している者(以下「路上生活者」という。)らは、本件通路が地下道の構造となっていて寒さや雨、風を凌げることなどから、本件通路に集るようになってきていたが、その数は、後記5の第三回目の周知活動が行われた平成八年一月一三日の時点で二〇〇名程度に上っていた。このような状態については、従来から新宿西口振興会や住友ビル商店会など事業主のほか通行人などからも都に対し、しばしば苦情が寄せられていた。
3 都では、「動く歩道」を設置するに当たって本件通路からの退去を求められる路上生活者らを保護するために臨時保護施設を開設することとし、平成八年一月中旬には港区芝浦の都有地に保護人員を約二〇〇名として右施設を設け、期間を二か月とし、食事や衣服の提供、散髪や入浴の便宜供与、健康診断を行うとともに、自立支援策として、在所中に生活相談や就業の相談、指導、斡旋等を行うことにした。
4 被告人両名は、「新宿野宿労働者の生活、就労保障を求める連絡会議」(以下「新宿連絡会」という。)の指導者的立場にある者であるが、新宿連絡会は、「動く歩道」の設置計画に反発するとともに、臨時保護施設については、「アウシュビッツ」などと称して路上生活者の保護策とはなり得ないと主張し、度々、路上生活者の生活保障や就労保障を求めて、都や新宿区に対し、野宿労働者の問題について話合いを申し入れ、都は非公式の話合いを持つにとどまったが、そのような場でも、被告人ら新宿連絡会のメンバーらは強硬な姿勢を崩さなかった。
5 都では、路上生活者に「動く歩道」の設置工事を行う旨の事前通告と、臨時保護施設提供の案内を周知するため、平成七年一二月一五日と二五日の二回にわたり、警備会社から警備員の派遣を求めた上、文書を配付するなどして周知活動を試みたが、新宿連絡会のメンバーら多数の者に妨害されて、目的を果たせなかった。そこで、都では、警備会社から派遣してもらう警備員の数を増やし、新宿警察署にも警察官の派遣を要請した上、翌平成八年一月一三日、職員五〇名により再度周知活動を実施し、その際には、それまで同様執ような妨害に遭いながらも、用意していた周知文書を二〇九枚配布するとともに、告知板にも掲示するなどして、「動く歩道」の設置工事の工期が同月下旬から始まることや臨時保護施設を設置し入所を受け付ける旨を知らせた。
6 都は、「動く歩道」設置工事の前段階として、平成八年一月二四日(以下「本件当日」又は単に「当日」ともいう。)午前六時より、都道新宿副都心四号線道路環境整備工事(以下「本件工事」ともいう。)を実施することにした。本件工事は、(一)路上生活者が退去した後に残された段ボールやごみなどを撤去して清掃する作業、(二)工事区域内に歩行者などが入らないようにするためのバリケードやカラーコーンを設置する作業、及び(三)「動く歩道」を設置するために床のタイル舗装を撤去する作業からなっており、都は、(一)については弘済整備株式会社と、(二)については株式会社タキタ建設と、(三)については首都工業株式会社との間で契約を交わして、いずれも民間業者にこれらの作業に当たらせることにしていた。その具体的な手順としては、午前六時の着工宣言と同時に工事区域内に歩行者らが立ち入らないように通行止めを行う、その後工事区域にいる路上生活者に対し、臨時保護施設への入所希望者の受付けを前提に、自主的な退去を促すため、都職員が説得活動を行う、路上生活者が説得に応じて退去した後、残った段ボール小屋等を撤去する、その終了と同時に工事予定区域内に仮囲いをする、午後四時半ころには清掃を終えて交通規制を解除し、その後は仮囲いの中で本囲いの設置作業をすることになっていた。都は、過去三回の周知活動の際の状況などからすると、本件工事についても妨害が予想されることから、職員及び作業員の身体の安全を確保するために株式会社セノンに警備委託をし、新宿署にも警察官の派遣を要請し、本件当日朝、現場付近には、警備員約三五〇名と多数の警察官が集っていた。
7 これに先立ち、被告人Bは、前日夜の炊き出しの際、路上生活者らに対し、「明日、都がここの段ボールハウス撤去をするという情報がある。皆、力を合わせて都の工事を阻止しよう。明日午前二時に起床し、ここに集ってくれ。」などとハンドマイクで訴えた。被告人Aが、本件当日の午前二時ころ、「みんなバリケードを作ろうぜ。」と呼びかけると、その場に集っていた約六〇人が中心となって本件北側通路の三井ビル側出入口付近に全面にわたりバリケードを構築した。バリケードは、都が本件通路に備え付けていた強化セメント製の植木ボックスを二重に並べ、その間にベニヤ板や畳を立て掛け、前面には、その二、三日前に被告人Bの指示でつくられた「東京都よ!俺らとの話し合いを拒否し実力排除するのか。強制撤去実力阻止!」と記載した横断幕を張り渡したものであった。被告人Bは、午前三時ころバリケードが完成すると、ハンドマイクで、座り込むように指示し、最終的には約一〇〇名の者がこれに応じた。被告人Bは、座り込みを続ける右の者らに対し、ときどきハンドマイクで「最後まで頑張ろう。」などと訴えた。バリケードの構築は、都の予想しない事態であった。
8 本件当日午前六時ころ、都の職員であるCらは、工事着工宣言をして作業を開始するために本件北側通路の前記三井ビル側出入口付近に赴こうとしたが、途中、妨害を企てるデモ隊ともみ合うなどし、午前六時三〇分ころ、ようやくバリケード前に至った。Cらは、ハンドマイクで本件工事に着手する旨宣言し、路上生活者らに対して工事区域外への自主退去などを勧告したが、これに対し、バリケードの内側からは、被告人AがCら都職員に向けて鶏卵を次々と投げつけたのを始め、座り込んでいた者らが、「帰れ、帰れ。」などとシュプレヒコールを繰り返し、花火等を投げつけるなどした。午前六時三七分ころ、都職員からの指示を受けた警備員が、横断幕をはぎ取るなどしてバリケードの撤去作業を開始しようとしたが、被告人らは、座り込みをしていた多数の者らと共に警備員らに対し、鶏卵、食べ物、板等を投げつけたので、警備員はいったん引き下がった。被告人らは、午前六時四五分ころ、警備員が植木ボックスの一部を移動した際にも、物を投げるなどして抵抗した。結局、都職員は、そのころから約三〇分間くらい協議した上、午前七時二〇分ころ、警備員に指示して残りの植木ボックスを移動させるなどしてバリケードの撤去作業を再開したが、被告人らはなおも座り込みをしていた多数の者らと共に警備員らに対し、「帰れ、帰れ。」などとシュプレヒコールを繰り返し、ポリ容器、旗竿等を投げつけるなどした。他方、警察官は、再三にわたり、工事の妨害を続ける者は直ぐに立ち退いて移動するように、などと警告を発していたが、午前七時三四分ころ、なおも座り込みを続ける者らを一人ずつ引き抜く排除行為を始め、午前八時一〇分ころ、これを了した。その結果、本件工事の着手は予定より遅れ、午前八時二〇分ころから開始された。
9 その後、都職員は、臨時保護施設の入所受付を行うとともに、本件通路の東側から西側に向かって説得活動を開始し、残っていた路上生活者五、六名に対し、自主的に立ち退くように説得したところ、同人らは荷物をまとめて自ら本件通路から退去し、段ボールに絵を描いている者三名に対しても自主的な退去を促すと、同人らもこれに応じ、段ボール小屋の撤去に反対する者はいなかった。都職員は、鍋、釜、傘、毛布など残されていた有価物については残されていた場所近くの柱の番号で特定するなどし、返還方法を掲示板に案内する措置を講じた上、一〇号街路下の資材置き場に保管し、午前一一時半ころにかけて本件通路にあった段ボール小屋を全部撤去した。都では、前記のとおり、本件当日の作業は午後四時半には終わる予定を立てていたが、警察官に排除された者らが戻ってきて妨害されるおそれがあったため、前記6の(二)の作業は、当初仮囲いで終わる予定であったのが、急遽鉄板を使って本囲いをすることになり、翌二五日午後七時ころまでその作業がかかり、その間、交通を開放することもできないという事態が生じた。
二 被告人らの行為の構成要件該当性について
本件工事の内容とその具体的手順は、前記一の6で認定したとおりであり、被告人らのした妨害行為の時期、内容は、前記一の7、8で認定したとおりである。すなわち、被告人らのした妨害行為は、都職員が段ボール小屋の撤去にとりかかる以前の段階において、本件工事の着手自体を妨害したものである。段ボール小屋の撤去の前には、工事区域内への通行止めと路上生活者に対する自主退去の説得が予定されていたところ、この説得が功を奏すれば、段ボール小屋の撤去に何らの問題もないことが明らかであるから、その説得行為にすら着手させない行為が許されるいわれはないと解される。段ボール小屋撤去作業の法的性格をどのように考えるにせよ、当日予定されていた本件工事は都が民間業者に委託ないし請け負わせて行うものにすぎないし、これに先立つ説得行為も、その性質上強制力を行使するものではない。後記三で詳しくみるように、都職員は、自主退去の説得に最後まで応じない路上生活者が出てくる事態も予測し、最悪の場合には本件工事の中止、延期も想定していたが、最善を尽くして説得に当たる方針と態勢の下に本件工事に臨んでいたと認められる。そうすると、被告人らの行為が威力を用いて工事の着手を不能ならしめることにより、本件工事を妨害したことは明らかである。したがって、段ボール小屋撤去作業の法的性格を論ずるまでもなく、被告人らの行為は威力業務妨害罪の構成要件を充足するということができる。
原判決は、段ボール小屋の撤去作業を本件工事の重要かつ不可欠な内容をなすものであるとしてその法的性格を論じ、本件工事は全体として強制力を行使する権力的公務としての性格を有することは否定し難いなどとして、被告人らの行為の構成要件該当性を否定している。確かに、段ボール小屋の撤去が本件工事の重要かつ不可欠な内容をなすものであることはそのとおりであるが、さきにみたとおり、路上生活者に対する説得にすら着手させなかったことにより、本件工事を妨害した被告人らの行為は威力業務妨害罪に当たるといわざるを得ない。
そして、原判決に従い、段ボール小屋撤去作業の法的性格を含めて本件工事を全体として考察してみても、段ボール小屋の撤去作業が強制力を行使する権力的公務でないことは、後記三でみるとおりであり、本件工事が威力業務妨害罪により保護されるべき業務であることは、後記四でみるとおりであって、いずれにしても、被告人らの行為は威力業務妨害罪の構成要件に該当するということがでる。
三 本件工事の性格について
所論は、原判決には、東京都職員の職務である本件工事を強制力を行使する権力的公務であると判断した点に事実の誤認があるというのである。
原判決は、威力業務妨害罪において、当該職務が強制力を行使する権力的公務である場合には、同罪にいう「業務」には当たらないとした上、(1)段ボール小屋は、無価値の堆積物ないし廃材とはいえないし、放置されたものでもなく、そこに起居していた路上生活者にとって段ボール小屋の撤去はその意思に反するものであった、都職員は、段ボール小屋の中にはいまだ路上生活者が所有権を放棄していないものも含まれており、これを撤去することが路上生活者の意思に反する旨を認識していたし、かなりの路上生活者については、説得して自主的に退去させ、段ボール小屋を撤去あるいは放置させることがそもそも不可能であることもあらかじめ十分認識していた、(2)都職員は、当日、警察官の強制力により路上生活者が現場から排除されることを十分予期しながら、そのために段ボール小屋が無人になった場合も無主物の廃材とみなして撤去する方針で本件工事に臨み、いまだ所有権が放棄されていない段ボール小屋につき、現実に路上生活者の意思に反する旨認識していたにもかかわらず、本来は行政代執行その他の行政上の実力行使の手続ないし措置によるべきであるのに、それらの手続ないし措置によることなく、単に清掃作業の対象としてこれを撤去し、それらの実力行使と同様の効果を上げているのは、行政機関による直接的な実力の行使に他ならず、私人にその受忍を強制するものであるから強制力を行使する権力的公務である、(3)段ボール小屋の撤去作業は本件工事の重要かつ不可欠な内容をなすものであり、しかも路上生活者の利害に直接に関わり、本件妨害行為に及んだ路上生活者らが最も問題としていた点であるから、本件工事全体が威力業務妨害罪の対象であるか否かという法的な性格を判断するにあたり、段ボール小屋の撤去作業の経緯、状況及び性格は大きな意味を有するものというべきである旨説示し、結論として、本件工事は、全体として強制力を行使する権力的公務としての性格を有することは否定し難いと判示している。
そこで検討するに、威力業務妨害罪で保護される業務からは強制力を行使する権力的公務は除外されると解すべきところ、その論拠は、強制力を行使する権力的公務は威力による妨害行為を排除するに足りる実力を備えているから、あえてこれを威力業務妨害罪で保護する必要がないというところにあると考えられる。したがって、段ボール小屋の撤去作業が強制力を行使する権力的公務に当たるか否かは、段ボール小屋の撤去作業に妨害があれば、これを排除するに足りる実力を備えていたか否かにより判定すべきである。本件工事は、前記一の6の(一)ないし(三)でみたとおりであり、それ自体としてみれば、民間の業務と異なるところはない。そして、路上生活者が退去した後に予定されていた前記一の6の(一)の作業を含め段ボール小屋の撤去について、都職員には妨害があった場合これを実力で排除してまで行う意思はなく、かつ、そのための態勢も整えておらず、あくまで路上生活者を説得して行うことにしていたにすぎない。すなわち、証人C、同Hの各原審公判供述、証人Fの原審及び当審公判供述、資料入手報告書(原審検察官請求書証甲二三号証)その他関係証拠によれば、以下の事実が認められる。(1)都では、あらかじめ関係部局の間で、本件通路に段ボール小屋を作って道路を不法に占有している路上生活者を、道路法と行政代執行法の規定に基づき強制的に排除できないかどうか検討した結果、段ボール小屋の移動が可能であり、名宛人の特定もできない状況にあることなどから、その方法は不可能であるとの認識で一致し、また、警察に対して、警察力で強制排除してもらえないかと照会した結果も、路上生活者が段ボール小屋にいるだけでは強制排除はできないという回答であったため、本件当日は、あくまで道路法四二条一項に基づく道路管理者の一般的な責務として、本件工事に臨むとの方針であった。(2)都では、本件工事に当たって、道路管理部及び建設事務所の職員を中心として、合計一七〇名の職員を配置したが、それらの職員は、現地本部に六名、臨時保護施設の入所受付所に二四名、交通規制班に二〇名、警備関係班に一九名、残置物分類、回収、撤去班に一六名を当てたほか、路上生活者の自主退去を促すための説得、誘導班として五班、各班一〇名ずつ合計五〇名を当てていた。(3)都職員は、工事区域内にいる路上生活者一人一人に対し、臨時保護施設への入所案内をするとともに最善を尽くして説得に当たる方針で臨むが、最後まで説得に応じない者が出てくることも予想し、最悪の場合には本件工事の着手をあきらめ、これを延期する事態も想定していた。(4)都では、警備会社に警備員の派遣を要請したが、これは、前記一の5でみた過去三回の周知活動の経験から都職員らの身辺を警護する必要があると判断されたためであった。警備員は、本件当日、都職員の指示に基づいて被告人らが構築した前記バリケードの撤去作業を行ったが、これは、都職員において、バリケードが築かれることは予想できず、協議をしたところ、バリケードが砦となってその内側から攻撃が加えられており、都職員らが自らの身辺の安全を確保するためには、その除去が先決であると判断したからであった。(5)警察官は、あらかじめ都からの要請で、本件当日現場に臨み、前記バリケードが警備員により撤去され終わるころから、なおも座り込みなどをして抵抗を続ける被告人両名や路上生活者らを引き抜いて排除しているが、これは、公務執行妨害罪や道路交通法一二〇条一項九号、七六条四項二号違反等による現行犯逮捕その他の警察権限を、独自の判断に基づいて発動した結果によるものであった。(6)都職員は、警察官の右排除行為が終わった後、前記一の9でみたとおり、段ボール小屋を撤去しているが、路上生活者が現場にいる限りは説得をして退去させた上で行っており、実力が行使された形跡はうかがえない。
これらの事実に照らせば、路上生活者に退去を求め、段ボール小屋を撤去するに当たって、都職員には実力を行使する意思はなく、実力を行使するための人員を配置するなどしてその態勢を整えていたということもなく、むしろ説得のために多数の職員を配置し、路上生活者に対してあくまで説得を試み、自主的な退去を求める方針であったと認められる。
もっとも、原判決が指摘するように、(1)資料入手報告書(原審検察官請求書証甲二二号証)中の都作成にかかる委託設計書の施行理由欄や起工起案書の起工理由欄には「道路上、不法占拠(ホームレス)排除後の残存物件の撤去及び清掃のため」との記載があり、(2)警備計画書(写し)(原審弁護人請求書証二五二号証)の目的欄には「公的制限による強制排除を東京都職員によって行う。」、「強制排除が完了した段階で、引き続き仮囲い及びビニールシート等、妨害による破損を防ぐ為、施設警備とする。」との記載があるが、(1)の記載は、都職員が路上生活者を排除するに当たって実力を行使する意思を有していたことを推認させるようなものではないし、(2)の文書は、その形式、内容等からみて、作成者は警備会社であると推認されるから、都職員が実力を行使する意思を有していたことを示すようなものではなく、さきにみたところの、本件当日における都側の態勢、本件当日都職員が実際に行ったことに照らしても、右各記載は、前記認定を左右するものではない。また、本件工事に当たって、警備員が三五〇名、警察官が多数現場に臨んでいたが、過去三回の周知活動の際の執ような妨害状況からすると、路上生活者に自主退去を説得するにしても、新宿連絡会のメンバーら多数の者による妨害が予想されることから、都が説得活動に当たる都職員や工事関係者の身辺を警護する目的で多数の警備員の派遣を要請したことは、都職員が実力を行使する意思を有していたことを推認させるものではなく、警察官多数が臨場していたことも、警察官の職務執行の独自性からすると、右のような意思を推測すべき根拠とはならない。
以上検討してきたところによれば、都職員には実力を行使する意思はなく、かつ、そのための態勢を整えておらず、実際にも、路上生活者がその場にいる限りは、説得を行った上、段ボール小屋を撤去したことからすれば、段ボール小屋の撤去作業が強制力を行使する権力的公務に当たるとはいえない。
以下、前記原判示にかんがみ若干補足する。
(一)まず、都職員は無人の状態にある段ボール小屋の中には路上生活者が所有権を放棄していないものが含まれていることやその撤去が路上生活者の意思に反することを認識していたと推認すべきであるが、そのような認識の下に段ボール小屋を撤去したからといって、路上生活者らが妨害すればこれを実力で排除することとして行われない限り、撤去作業が強制力を行使する権力的公務になるわけではない。段ボール小屋の撤去が路上生活者の意思に反する点は、威力業務妨害罪によって保護されない業務を区別する基準としての強制力の行使には含まれないと解される。(二)かなりの路上生活者については、自主的に退去させ、段ボール小屋を撤去させることが困難であるという認識が都職員にあったことは認められるが、前記原判示(1)のうち、それらが不可能であることをあらかじめ認識していたとの部分は誤りであり、都職員が説得に最善を尽くす意思で本件工事に臨み、路上生活者があくまでも抵抗する場合には、当日の工事をあきらめる予定であったことは、さきにみたとおりであって、路上生活者の抵抗を予期していたからといって、これを直ちに段ボール小屋撤去の性格に結びつけるのは相当でない。(三)次に、前記原判示(2)についてみるに、前記C及びFの各証言など関係証拠によれば、都職員には、当日警察の強制力により路上生活者が現場から排除されるような事態が起こり得るとの認識はあったものの、あらかじめ、いつどのような局面で、警察官の権限が行使されるのかということまでは分からなかったということが認められ、現に、警察が介入して本件工事を妨害した者らを排除したのは、バリケードを築き、座り込みを解かなかった路上生活者らが自ら招いたものであって、都職員が抽象的に警察官による実力行使もあり得ると予期していたからといって、警察官の強制力を利用して最終的な行政目的を実現しようとしていたということができないのはもちろん、警察官の権限行使の判断の独自性に照らせば、段ボール小屋撤去作業の性格を考察するに当たって右の点を考慮するのは相当でない。(四)原判決は、段ボール小屋を実力で撤去するについては、本来行政代執行その他行政上の実力行使の手続ないしは措置を踏むべきであるにもかかわらず、これを履践することなく、清掃作業の対象として撤去し、それらの実力行使と同様の効果を上げたという点も、段ボール小屋の撤去作業が強制力を行使する権力的公務に当たるとする理由の一つとしている。しかし、この点は、さきにみたとおり、強制力を行使する権力的公務に当たるかどうかの判断の基準となるものではなく、威力業務妨害罪における業務の違法性の有無、程度を判断する際に検討すべき事柄であるにとどまる。(五)前記原判示(3)についてみるに、原判決が、段ボール小屋の撤去作業が本件工事の重要かつ不可欠な内容をなすという説示部分は、路上生活者に対する説得が功を奏せず、自主的な退去が実現しなければ、前記一の6の(一)ないし(三)の各作業を円滑に行えず、本件工事を事実上実施できないという意味においては首肯できるが、これまでみてきたように、当日予定されていた都職員による段ボール小屋の撤去作業が強制力を行使する権力的公務に当たるといえない以上、段ボール小屋撤去作業の経緯、状況及び性格を含めて考察してみても、本件工事が全体として強制力を行使する権力的公務としての性格を有するとはいえない。
以上によれば、本件工事が全体として強制力を行使する権力的公務としての性格を有することは否定し難いとした原判決には、事実の誤認が認められる。論旨は理由がある。
四 本件工事の要保護性について
所論は、原判決には、道路管理者たる東京都が、路上生活者の意思に反してその起居に使用する段ボール小屋を撤去するためには道路法上の手続や同法の措置を前提とした代執行手続によるべきであるのに、これら法定の手続は一切とられておらず、また、行政法上の自力救済や緊急避難が許容される事情もない、本件工事は、全体として権力的公務としての性格を有することは否定し難く、かつ、法定の手続をとらずに段ボール小屋を撤去した手続上の瑕疵も決して軽微とはいい難いから、本件において行使された程度の威力に対して刑罰をもって保護すべき業務とは到底いえず、威力業務妨害罪によっては保護されないと判断した点に、事実の誤認があるというのである。
原判決は、(1)威力業務妨害罪の業務は、刑罰をもって保護すべき程度の業務であることを要すると解した上、道路管理者たる都が路上生活者の意思に反して、その起居に使用する段ボール小屋を撤去するためには、道路法七一条一項の措置を前提とした代執行の手続、道路法七一条三項又は同法四四条の二第一項の手続をとるべきであり、本件においては、右手続を履践しなかった手続上の瑕疵がみられるところ、<1>段ボール小屋の客観的な経済価値は低廉であること、生活の場としては代替する臨時保護施設が準備されていたこと、段ボール小屋内の有価物は別途保管の措置がとられたこと、<2>路上生活者は権限なくして不法に公道を占有使用していたもので、道路法三二条一項ないし四三条二号に違反していたこと、<3>道路法四二条一項に基づく都の道路管理者としての義務として、通行の利便等の目的で動く歩道設置工事を行うためには、段ボール小屋を撤去することが必要不可欠の関係にあったこと、路上生活者が段ボール小屋で起居していることについて、付近の事業者や通行人から都に苦情や環境整備の要請が寄せられていたこと、<4>各段ボール小屋の利用関係を個別に明らかにし、説得すべき相手方を把握することが困難であること、道路法等の手続を履践するとしても、移動させることが容易な段ボールという材料の性質、段ボール小屋の利用者の不安定な生活状況からすると、執行の実効性は期し難い面があったこと、<5>都職員が従前三回にわたる周知活動で自主退去及び段ボール小屋等の自主撤去を促していたことなどの事情は、前記の手続を不要ないしは省略すべき根拠とはならず、それらの事情を考慮しても、本件工事により段ボール小屋が処分されれば、路上生活者が必然的にそれまでの住居を奪われるという結果をもたらすことからすれば、法定の手続をとらずに段ボール小屋を撤去した手続上の瑕疵の程度は軽微とはいい難い、(2)本件工事は、都による公務であるところ、民間による業務に比して法定の手続によるべき事情はより強いものがあると思われることや、仮にこれが公務執行妨害となった場合に求められる適法性の程度とも比較考慮し、加えて、路上生活者らから段ボール小屋撤去の法的問題を指摘されながら、清掃作業としてこれを強行した経緯をも併せ考慮すれば、段ボール小屋撤去を一体の作業として含む本件工事は、全体としての瑕疵が大きく、それだけでも刑罰をもって臨むべきほどの要保護性は認め難いとの理解もあり得よう、(3)仮にそこまでいえないとしても、本件工事は全体として強制力を行使する権力的公務としての性格を有することは否定し難い上に、決して軽微とはいい難い瑕疵があることに照らすと、少なくとも、本件において行使された程度の威力に対して刑罰をもって保護すべき業務とは到底いえない旨判示している。
そこで検討するに、威力業務妨害罪における業務は、反社会性を帯びているとはいえず、事実上平穏に行われているものであれば足りると解すべきである。仮に違法の評価を受ける業務であっても、その違法の程度により反社会性を帯びるまでに至っていない限り、それを威力業務妨害罪による保護の対象とすることは、人の業務活動の自由を保護しようとする同罪の趣旨にかんがみ相当であるからである。この点は、国や地方公共団体の公務が問題となる場合であっても同様と解される。
これを本件についてみるに、所論は、都職員が段ボール小屋を撤去した行為が違法といえるかどうかにつき、道路法四四条の二第一項の趣旨を踏まえた緊急措置として除却できると主張しているが、この点については、その論拠も含め種々の見解があり得ると考えられる。しかしながら、本件においては、この点を検討するまでもなく、また段ボール小屋の撤去に原判決が指摘するような手続上の瑕疵があるかどうかを突き詰めて判断するまでもなく、仮に原判決の指摘するような手続上の瑕疵があるとしても、前記原判示(1)の指摘する<1>ないし<5>の事情のほか、前記三でみたとおり、都職員には妨害を排除してまで段ボール小屋を撤去する意思はなく、あくまでも説得による自主的退去を求めた上で撤去する方針であったこと、前記一の9でみたところの段ボール小屋の撤去とこれに伴う作業の具体的な実施状況に照らせば、その瑕疵の程度が軽微とはいい難いとみるのは相当でない。とりわけ、もともと段ボール小屋は、原判決も指摘するように、不法に公道を占拠しているもので、路上生活者にはこのような形で道路を占用する何らの権限もないものである。その上、都は本件工事に着手するまでに、三回にわたって本件工事の実施を事前に通告する周知活動を行っており、路上生活者は、遅くとも三回目の周知活動がなされた平成八年一月一三日ころには、同月下旬には本件工事が開始されることにより立ち退かなければならないことを認識していたものと推認され、更には、都は臨時保護施設を提供しており、前記一の3でみたとおり、そこでは衣食住が保障されるほか、就労の相談、斡旋等の自立支援策が用意されていたもので、路上生活者は周知文書などでそのことも認識していたと推認される。そして、原判決も指摘するとおり、都が、道路管理者の立場に基づき道路法七一条一項により、段ボール小屋の除却等の命令を発出しようと考えても、路上生活者の段ボール小屋の利用関係を個別に把握するのは難しかったとうかがわれるのであって、結局、当該命令の名宛人を特定して所定の手続を踏むことすら容易でなく、かつ、名宛人が特定できて除却等の命令が発出されても、段ボール小屋はその移動が容易であることから、行政代執行の段階において、その執行の実効性を期すことも難しかったとうかがわれる。また、道路法七一条三項の手続についても、同項所定の公告から道路管理者ないしはその委任を受けた者が自ら措置を行う間に、段ボール小屋が一時的に移動されてしまうおそれがあることなどをも考慮すると、その実効性はやはり期し難いと考えられる。また、同法四四条の二第一項の手続については、本件の段ボール小屋はそれが無人となった状態においては同項所定の違法放置物件に当たるとしても、その余の要件を満たすといえるか疑問がある。そして、本件当日の段ボール小屋の撤去作業が路上生活者の抵抗を排除して行われたものでなかったことは、前記一の9でみたとおりである。これら諸般の事情を総合すると、都において、道路法所定の手続や、同法に基づく措置を前提とする行政代執行の手続を踏まなかったことには、それなりの理由があり、また、実際に行われた作業も平穏な態様のものであって、段ボール小屋の撤去に手続上の瑕疵があると仮定してもその程度はそれほど大きいものとはいえない。したがって、原判示のように段ボール小屋の撤去を含む本件工事は全体としてその瑕疵の程度が軽微とはいい難いとみるのは相当でなく、少なくともその程度は業務が反社会性を帯びるまでには至っておらず、本件工事が威力業務妨害罪において保護されるべき事実上平穏な業務に該当することは明らかである。
以下、前記原判示にかんがみ若干補足する。
(一)まず、民間の業務に比べれば、法定の手続によるべき事情がより強いことは原判示のとおりであるが、その点を考慮しても本件工事の瑕疵が大きいとはいえないこと、及び本件工事の瑕疵が公務執行妨害罪において求められる適法性の程度と比較しても大きいといえないことは、いずれも右の瑕疵の程度をみるについてさきに示した諸般の事情に照らし明らかである。(二)さらに、前記三でみたとおり、本件工事が全体として強制力を行使する権力的公務としての性格を有するといえないことのほか、右にみた手続上の瑕疵の程度と前記一の7、8で認定した被告人らの威力による本件妨害行為の内容を対比して考察すると、本件工事が全体として強制力を行使する権力的公務としての性格を有することは否定し難く軽微とはいい難い瑕疵があるという原判決の前提が誤りであるばかりでなく、本件において行使された程度の威力に対して刑罰をもって保護すべき業務とはいえないとしている点も是認できない。
以上によれば、本件工事には軽微とはいい難い手続上の瑕疵があって威力業務妨害罪による保護の対象外であるとする原判決の判断には、その前提事実の一部に誤認がある上、法令の解釈適用を誤った違法がある。
五 結論
原判決には、被告人らの本件行為が威力業務妨害罪の構成要件に該当しないとした点及び本件工事が強制力を行使する権力的公務であって同罪における業務に該当しないとした点において、事実の誤認があり、また、本件工事には軽微とはいい難い手続上の瑕疵があって同罪の業務としての要保護性を欠くとした点において、事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りがあり、これらがいずれも判決に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、検察官のその余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。
そこで、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、被告事件について更に次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告人両名は、「新宿野宿労働者の生活、就労保障を求める連絡会議」の指導者的立場にある者であるが、東京都が施工し、平成八年一月二四日午前六時着手予定の都道新宿副都心四号線道路環境整備工事を実力で阻止しようと企て、これに同調する多数の者らと共謀の上、同日午前二時ころから、都職員及び工事車両等の進入路である東京都新宿区西新宿<番地略>街路地下道北側通路出入口付近に集結し、同所において、通路全面に横断幕、強化セメント製植木ボックス、ベニヤ板等でバリケードを構築し、その内側で約一〇〇名の者と共に座り込むなどした上、同日午前六時三〇分ころから午前八時一〇分ころまでの間、都職員らの同工事区域内への進入を阻止し、さらに同工事の着手を宣言して警備員に補助させて右バリケードの撤去作業等に従事中の都職員Cらに対し、鶏卵、旗竿、花火等を投げつけ、消火剤を噴射し、「帰れ、帰れ。」とシュプレヒコールを繰り返すなどして座り込みを続け、約一時間四〇分にわたり工事の着手を不能ならしめ、もって、威力を用いて東京都の業務である前記道路環境整備工事を妨害したものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人らの主張に対する判断)
1 公訴棄却の主張について
弁護人らは、本件公訴は棄却されるべきであるとし、その理由として、(一)本件公訴の提起は、新宿西口の野宿労働者の平穏で幸福な生活の拠点である段ボールハウスを除去しようとした都職員らの行為に対する抵抗行為を起訴するものとして憲法一三条、二五条に違反し、野宿労働者の争議権を侵害するものとして憲法二八条に違反し、その私有財産であり住居である段ボールハウスを法的根拠なくして破壊しようとした都職員らの行為に対する抵抗行為を起訴するものとして憲法二九条に違反し、段ボールハウスの所有者に対し何ら告知弁解の機会を与えることなく、破壊除去しようとした都職員らの行為に対する抵抗行為を起訴するものとして憲法三一条に違反する、(二)(1)被告人らの本件行為は、威力業務妨害罪の構成要件不該当ないし違法性阻却により犯罪が成立しないことが明白であるから、本件公訴は嫌疑なき起訴である、(2)本件起訴は、新宿連絡会を中心とした新宿西口の野宿労働者の労働運動を政治的に弾圧することを目的としたものである、(3)本件起訴は、被告人Aに対しては勾留における逮捕前置主義違反、被告人Bに対しては別件逮捕勾留といった捜査段階における重大な手続違反を必須の前提とし、それ自体が重大な違法性を帯びるから、公訴権の濫用に当たると主張する。
しかしながら、まず(一)の点についてみるに、全証拠を検討しても、本件起訴自体により、弁護人らの指摘する路上生活者らの憲法上の幸福追求権、生存権、争議権、財産権、適正手続を受ける権利が害されたとは認められないし、後記2でみるように、弁護人らのいうような抵抗行為が許される場合にも当たらないから、違憲の主張はいずれも前提を欠く。(二)の点についてみるに、全証拠を検討しても、所論がいう(1)(2)のような事実は認められないし、(3)のような違法があるとも認められない。公訴棄却の主張は採用できない。
2 違法性阻却事由の主張について
弁護人らは、本件においては、違法性を阻却する事由があるとし、(一)被告人らの本件妨害行為は労組法一条二項の正当な争議行為に当たる、(二)仮にそうでないとしても、行為の目的、態様、結果に照らすと、被告人らの行為に可罰的違法性は認められない、(三)都職員らは、何らの法的根拠なく警備業法八条に違反して多数の警備員を動員し、野宿労働者の生活の拠点である段ボール小屋を強制撤去しようとしたもので、被告人らは、その急迫不正の侵害に対し、バリケードを構築し座り込んで抵抗したのであって、それ以外に取り得る手段もなかったから、被告人らの抵抗行為は正当防衛ないしは超法規的違法阻却事由に該当する、(四)仮に明文上の犯罪の成立を阻却する事由が存在しないとしても、本件において都職員らは何らの法的根拠なく野宿労働者の最低限の生活基盤である住居を強権的に破壊除去しようとしたもので、これは人間の生存に対する根本的な侵害行為であるから、これに野宿労働者と共に抵抗した被告人らの行為は、自然法上の抵抗権の行使に該当すると主張する。
そこで、前記一で認定した事実関係を前提に、まず、(一)の点についてみるに、被告人両名は、従来から都に対しても野宿労働者問題について話し合いを求めていたのであるが、被告人らが従来要求していた事柄は、広く新宿の野宿労働者の社会福祉政策に関するものであって、ひとり新宿連絡会と都との間での団体交渉により解決すべき事項とはなり得ないものである。被告人らの本件妨害行為は、労組法一条一項の目的を達成するためにしたものではないから、同条二項を根拠に違法性阻却をいう主張は採用できない。(二)の点についてみるに、被告人らの本件妨害行為は、前記一の7、8でみたとおりであって、行為の目的、態様、結果に照らしても、可罰的違法性を欠くなどとはいえない。(三)の点についてみるに、まず、都による警備員の動員は、本件工事に当たっても都職員らの身体を守る必要があると判断し、警備員による警護を委託したもので、段ボール小屋を撤去するためではなく、その派遣に弁護人らがいうような警備業法八条に反する違法は認められない。また、都職員が路上生活者の意思に反することを認識しながら、法定の手続をとろうとせず、路上生活者がその場にいない限り、段ボール小屋を直ちに撤去する方針で本件工事に臨んだことには、仮に手続上の瑕疵があるとしても、その程度がそれほど大きいものでないことは、前記四でみたとおりであり、本件工事に対し、路上生活者らが右手続の瑕疵を主張して防衛行為に出ることを相当ならしめるほどの不正は存しない。都職員が本件工事を実施しようとした行為は、路上生活者に対する不正の侵害とはいえないから、被告人らの本件妨害行為が正当防衛としてその違法性が阻却される余地はなく、超法規的違法性阻却事由も存しないというほかない。(四)の点についてみるに、本件工事は、都が道路管理者の立場で実施するものであって、法的根拠が認められる上、本件工事を段ボール小屋の撤去を含めて全体的にみても、これに対する抵抗が許されるものでないことは、前記四でみたところから明らかである。
以上の次第で、違法性阻却事由に関する弁護人の主張も採用できない。
(確定裁判)
被告人Aは、平成六年九月一日千葉地方裁判所で兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害罪により懲役二年六月、五年間執行猶予に処せられ、右裁判は、平成八年六月一三日確定したものであって、この事実は検察事務官作成の前科調書及び裁判確定証明書により認める。
(法令の適用)
被告人両名の判示所為はいずれも刑法六〇条、二三四条、二三三条に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人Aには前記確定裁判があるので、同法四五条後段、五〇条によりまだ裁判を経ていない判示の罪について更に処断することとし、各所定刑期の範囲内において、被告人両名をそれぞれ懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中各一二〇日をそれぞれその刑に算入し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から、被告人Aに対しては五年間、被告人Bに対しては三年間それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用中原審における分は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用して、被告人両名に連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤文哉 裁判官 波床昌則 裁判官 小出享一は、転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 佐藤文哉)